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東京地方裁判所八王子支部 平成2年(ヨ)34号 決定 1990年11月27日

債権者

中山善博

辻田慎一

右両名訴訟代理人弁護士

西畠正

小島啓達

秀嶋ゆかり

債務者

株式会社ケミカルプリント

右代表者代表取締役

瀬戸洋

右訴訟代理人弁護士

高井伸夫

若林昌俊

高下謹壱

山崎隆

主文

一  債権者らが、債務者に対し、それぞれ雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者中山善博に対し金四一万二八一八円及び平成二年一月二一日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金二〇万四二〇六円を、債権者辻田慎一に対し金三二万九七六九円及び平成二年一月二一日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金一六万三二二三円を、それぞれ仮に支払え。

三  申請費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一申請の趣旨

主文同旨

第二事案の概要(本件記録により一応認めることができる。)

一1  債務者は、レジスター及び計算機のプリントドラムの製造並びに精密機械部品のエッチング加工等を業とする株式会社である。

2  債権者中山善博(以下「債権者中山」という。)及び債権者辻田慎一(以下「債権者辻田」という。)は、債務者に入社後(債権者中山は昭和五五年一二月に、債権者辻田は昭和五八年一月に入社した。)、昭和六三年一〇月ころまでプリンタードラム及び平物のエッチング加工等の業務に従事してきた。

二  債務者は、債権者らに対し、就業規則に基づき、次のとおり懲戒処分を行った。

1  債務者は、昭和六三年一二月一日から新しい仕様に従った作業日報を作成するよう指示したが、債権者らが指示に従わない意思を表明したため再三口頭で注意し、更に昭和六三年一二月一四日付け及び平成元年一月一二日付警告書を交付したが平成元年一月一二日から同月二四日までの就労日通算一〇日間に渡って作業日報を作成しなかったとして、同月二五日、債権者らを譴責処分に処した。

2  債務者は、債権者らに対する平成元年一月二五日付け譴責処分につき同日債務者の三鷹作業所(昭和六三年四月以降は、債権者らのみが勤務している。)に掲示しようとした小宮山取締役部長(以下「小宮山」という。)に債権者中山が暴行を加えたとして、また、平成元年一月二五日から同年二月二三日までに渡って就労日ごとに作成を指示している所定の作業日報を債権者らが作成しなかったとして、同月二五日、債権者中山を平均賃金の半日分の減給処分に、債権者辻田を譴責処分に処した。

3  債務者は、債権者らが平成元年三月三日当時従事していた注射器の分解作業の発注元である株式会社光製作所を訪れ、右作業を債務者に発注しないように要求したとして、また、同年三月一一日債権者辻田が債務者の従業員八木栄一が所持していたカメラからフィルムを抜き取ったとして、同月一五日債権者中山を職制上の主任たる地位を免ずる降職処分に、同月二二日債権者辻田を一〇日間の出勤停止処分に処した。

4  債務者は、平成元年六月二八日三鷹市公会堂において、債権者中山が債務者の労務担当山岸弘介に暴行を加えたとして、同年七月一九日、債権者中山を五日間の出勤停止処分に処した。

三1  債権者らは、平成元年七月一〇日、債務者から、電子機器の一部品であるインターフェイスクミ作業に従事するよう命じられた。

2  債務者は、当時債権者らのみが就労する三鷹作業所に資材を持ち込むと共に製造指図書記載の注文数、納期などに基づき作業するように命じた。

四1  債務者は、平成元年一一月六日債権者辻田に対し、同月七日債権者中山に対し、それぞれ同月六日付けをもって懲戒解雇する旨の通知をした。

2  懲戒解雇の理由は、債権者らが債務者にとってきた行動が、就業規則で定める「職務上の指令に従わず会社内の秩序を乱し、又は乱そうとしたとき」(同規則第五二条第五号)及び「数回懲戒処分を受けたにも拘らず改悔の見込みのないとき」(同規則第五二条第一〇号)のいずれにも該当するというもので、その具体的内容は次のとおりである。

(一) 債務者は、債権者らに対し、平成元年七月一〇日、インターフェイスクミ作業を指示した際、習熟に必要な相当期間を経過した後は債務者の指定する一人当たりの標準作業量(一時間当たり二五本ないし三〇本)を毎日確実にこなすようにしばしば指導してきた。ところが、債権者らは、右相当期間経過後、一向に標準作業量をこなそうとしなかった。そこで、債務者は、債権者らに対し、同月下旬ころから口頭で標準作業量をこなすように注意し、同年九月五日、同月二一日及び同年一〇月二四日に書面で注意した。しかし、債権者らは、懲戒解雇の通知を受けるまで標準作業量をこなさなかった。

(二) また、債権者らは、作業を通じて多くの不良品を発生させた。そこで、債務者は、不良品を発生させないよう口頭で注意し、平成元年一〇月三日には書面で注意した。更に、小宮山が債権者らに自らインターフェイスクミの作業をして見せるなどの指導をした。この間、債務者がインターフェイスクミの作業を受注している有限会社永井製作所(以下「永井製作所」という。)から納品の遅れるたびに債務者に苦情を申し入れてきた上に、不良品の発生について今後改まらないときは契約の解約も辞さない旨の厳しい警告を発してきた。債権者らは、同月四日から不良品を出さなくなったが作業量が更に低下した。そして、同月二〇日及び二四日には、一一九〇本及び八〇〇本の不良品を発生させた。

(三) 債権者らは、債務者が、文書で注意する際、それを持参した小宮山に反抗的な態度を取った。

(四) 更に、債権者らは、二のとおり非違行為をなし、その度に債務者から懲戒処分を受けている。

五  懲戒解雇当時、債権者中山の平均賃金(解雇前三か月)は月額二〇万四二〇六円、債権者辻田の平均賃金(解雇前三か月)は月額一六万三二二三円であった。

第三争点

債権者らは債務者のなした平成元年一一月六日付けの懲戒解雇が解雇権の濫用のため無効であるとしている。したがって、右懲戒解雇の理由となった事実の有無、その程度、解雇権の濫用の有無が争点である。

第四争点に対する判断

一  標準作業量の指示の状況、債権者らの作業状況につき判断する。

1(一)  債権者らが債務者から平成元年七月一〇日命じられたインターフェイスクミの作業は、債務者が当時債権者らのみが就労する三鷹作業所に資材を持ち込むと共に製造指図書記載の注文数、納期などに基づきなされるものである(第二、第三)。ところで、債務者がインターフェイスクミを受注していたのが永井製作所であるところ、永井製作所からの受注日、受注数量、引渡日、引渡数量及び債権者らが債務者から指示されたインターフェイスクミ製造の指図日、納期、指示数量(実数とは実際に受領した数)、債権者らが債務者にインターフェイスクミを引き渡した引渡日、引渡数量は、別紙受注等関係表記載のとおりである(<証拠略>、債権者らの平成二年七月一〇日付け準備書面。ただし、引渡日七月一三日の五〇本には未完成品が含まれ、同日一五〇本はタイラップの数であり、同月一七日の四〇本は未完成品である。)。

(二)  別紙受注等関係表によると、債務者が永井製作所から受注したインターフェイスクミの数量と債務者が債権者らに対し製造を指示した数量はほぼ一致していることがうかがえる。ところで、少なくとも平成元年九月及び一〇月は、債務者は債権者らに対してのみインターフェイスクミの作業をさせていることは債務者の自認するところであり、(<証拠略>)、同年九月及び一〇月ころには永井製作所はインターフェイスクミの下請けを債務者以外の者にさせていなかったことがうかがえる(<証拠略>)。そうすると、少なくとも同年九月及び一〇月は、債務者が債権者らに対し製造指図書により製造を指示した数量以上のインターフェイスクミの製造を債務者が永井製作所から受注し債権者らに供給することは事実上不可能であったと考えられる。そして、同年九月及び一〇月の債務者が永井製作所から受注したインターフェイスクミの数量と同年七月及び八月に債務者が永井製作所から受注したインターフェイスクミの数量を比較するとさほど差異はなく、永井製作所が下請けに出していたインターフェイスクミの数量もさほど多くなかったものと推認できる。したがって、同年七月から一〇月までの間、たとえ債権者らが製造指図書記載の数量以上の作業を行ったとしてもそれを大幅に上回る数の作業を債務者が永井製作所から受注し債権者らに供給できたとまでは考えられない。また、債務者は、債権者らに特に行わせる作業としてインターフェイスクミ製造を永井製作所から受注したのであって(<証拠略>)、債権者らに行わせるそれ以外の作業を予定していたものとまでうかがえないから、債務者は、債権者らがインターフェイスクミの作業を製造指図書のとおり製造していれば充分と考えていたものと推認できる。

(三)  そして、債務者は、平成元年七月二〇日、債権者辻田に対し、一人で一時間当たり三五本が標準となる旨電話で伝えたが(<証拠略>)、その後、同年九月五日、二人で一日当たり四〇〇本製造すべき旨伝えた(<証拠略>)が、解雇理由では一人当たりの標準作業量を一時間当たり二五本ないし三〇本としており(第二、四、2、(一))、必ずしも一貫したものとはいえない。また、同年九月五日付け、同月二一日付け及び同一〇月二四日付けの債務者の債権者らに対する警告書(第二、四、2、(一))、によると標準作業量に関する具体的な記載がないことがうかがえる(<証拠略>)。そして、債務者は、右作業量の指示以外には、製造指図書に基づく作業を行うこと、もっと能率を上げることといった指示に止まり、標準作業量に特に言及したものはない(<証拠略>)。

(四)  ところで、債務者は、一人の一時間当たりの標準作業量を三〇本前後を相当とする根拠として永井製作所はそのように述べた上で、そのくらいはだれでもできるはずであるから作業を行うに当たって必ず守ってほしい旨言われたとし(<証拠略>)、それに沿う書証がある(<証拠略>)、しかるに、右書証の作成者である永井製作所の藤田進によると、右一人の一時間当たりの標準作業量を三〇本前後というのはある程度経験を経た者の数値であることがうかがえ(<証拠略>)、債権者らは、債務者に入社後(債権者中山は昭和五五年一二月に、債権者辻田は昭和五八年一月に、入社した。)、昭和六三年一〇月ころまでプリンタードラム及び平物のエッチング加工等の業務に従事してきており(第二、一、2)、平成元年七月一〇日になってインターフェイスクミ作業を命じられた(第二、三、1。そしてこの作業が債権者らにとって始めて行ったものであることは<証拠略>によりうかがえる。)のであるから、債務者が、同年一一月六日債権者辻田に対し、同月七日債権者中山に対し、それぞれ同月六日付けをもって懲戒解雇する旨の通知をした当時においても永井製作所の藤田進の述べる程度に達するに必要な経験を経たとまでは必ずしもいい得ない。

なるほど、(証拠略)の添付資料2の一枚目には、永井製作所の藤田進は、一人の一時間当たりの標準作業量三〇本をこなすための日数は一週間から一〇日であると思う旨の記載があるが、右記載中においても作業者によっても差が出るとしている上に、(証拠略)においても同趣旨のことを述べていることからすると、右日数は必ずしも債権者らにおいて妥当するものとまではいえない。したがって、債務者の社員である新藤賢二が標準作業量を達成できたとしても(<証拠略>)、必ずしも債権者らに妥当する基準とまではいえない(新藤賢二は、九月一一日からインターフェイスクミの作業を開始したところ同月一三日には一時間当たり二六・三七本製造できるようになったというもので、<証拠略>の添付資料2の一枚目には、永井製作所の藤田進が、一人の一時間当たりの標準作業量三〇本をこなすための日数は一週間から一〇日であると思う旨の記載からすると、かなり早く作業を習得できたというべきであり、基準とはなりにくいというべきである。)。

(五)  したがって債務者が債権者らに対し示した作業数量は、一応の目安となるものにすぎず、製造指図書に指示された数量等以上のものを行うことを命じた趣旨ではないと解されるから、債権者らは、製造指図書に従って作業をしていれば特に問題はないというべきであり、別紙受注等関係表によると納期の点を除きほぼ製造指図書に従って作業をしているとうかがえる。

2  ところで、別紙受注等関係表によると、債権者らは、製造指図書に記載された納期を守っていないことがうかがえる。そして、別紙受注等関係表によると、その後の作業の遅れは、最高で一二日である(平成元年一〇月七日指図日、同月一二日納期、同月二四日引渡し完了分)。しかるに、同年七月一〇日から同月二〇日までの債権者らの作業成績は、作業を習得するための期間として債務者が債権者らを懲戒解雇する際全く考慮に入れていないことは債務者の自認するところであるから(平成二年八月二七日付け準備書面五頁)この間の作業の遅れは債権者らの責めに帰する事ができないというべきであり、そして、別紙受注等関係表によると、納期を同年七月二〇日とされたインターフェイスクミ二〇〇本(ただし、実数は二三五本)につき債権者らから債務者に引き渡されたのは同月二七日であり(ただし、二〇〇本についてである。)、この時点において七日の遅れがあるから右時点の作業の遅れがその後の作業の遅れに影響を及ぼしている可能性がある。また、同年七月一四日債権者中山、八月一七日から同月二二日まで債権者辻田、同月一九日から同月二二日まで債権者中山、八月三〇日債権者中山、九月三〇日(午前)債権者辻田、一一月六日(午後)債権者中山が年次有給休暇の時季指定をしたのに対し債務者が時季変更権の行使した事実がうかがえないこと(<証拠略>)、同年七月二八日午後三時から午後五時まで債務者が債権者らに対しグリーンデーとしてレクリエーションの時間を与えていること(<証拠略>)、同年七月二〇日から同月二五日まで債務者が債権者中山に対し出勤停止処分をしたこと(<証拠略>)がそれぞれうかがえるところ、別紙受注等関係表によると右各事実が存在するにもかかわらず債務者がそれによりインターフェイスクミの作業数量を調整するという考慮をしておらず、単に永井製作所から受注したものをそのまま債権者らに回して作業させていたと考えられる。したがって、このような事情の下では、債権者らの作業の遅れを債権者らの責めのみに帰することはできないというべきである。

また、永井製作所が債務者に対し納品の遅れるたびに債務者に苦情を申し入れてきた事情はうかがえない(<証拠略>)ことからすると右納期日の遅れが債務者の信用を害したとはいえないから、このことを債権者らを懲戒解雇する際に考慮することはできない。

なお、債務者の示した数量(一、1、(三))をこなせば、右の納期日の遅れを生ぜしめずに済んだとはいい得るが、1及び右で既に認定説示したことに照らせば、右納期の遅れを債権者らの責めのみに帰することはできないというべきである。

二  次に不良品の発生の状況につき判断する。

1  債権者らは、別紙不良品等目録記載のとおり、不良品を出したので、債務者は、別紙不良品等目録注意指導欄記載のとおり不良品を出さないように指示した(<証拠略>)。

なお、別紙不良品等目録のうちリード線出すぎとはリード線に端子を付ける工程においてリード線が端子方向にはみ出す許容範囲を超えて端子側に突き出てしまった状態の不良であること、リード線入り込み不足とはリード線に端子を付ける工程においてリード線がほぼ完全に隠れるように端子を付けるべきところリード線が被覆コード方向に端子からはみ出てしまう状態で端子を付けてしまった不良であること、端子カシメ位置ずれとはリード線と端子をつなぐカシメを圧着する位置がずれている不良であること、ストリップもれとはストリッパーでリード線を被覆しているビニールを除去することによってリード線を露出させる工程を経ていない不良であることを表す。

2(一)  ところで、平成元年七月一〇日から同月二〇日までの債権者らの作業成績は、作業を習得するための期間として債務者が債権者らを懲戒解雇する際全く考慮に入れていないことは既に述べたとおり(一、2)であるから、この期間に対応する同年七月一三日から同月二一日の注意指導も解雇の判断の際考慮すべきでないことは同様である。そこで、別紙不良品等目録注意指導欄記載の同年八月七日以降の注意指導の内容と(証拠略)を対比すると、債権者らがインターフェイスクミの作業を開始した同年七月一〇日に債務者から指示された事項に関し同年八月七日以降改めて注意指導を受けているとうかがえる。

(二)  しかし、右不良品の数量が明らかでない上に、永井製作所の藤田進によると、債務者が永井製作所に納入したインターフェイスクミには若十の不良品があったが(ただし、平成元年一〇月二〇日及び二四日に永井製作所が債務者に対しやり直しを求められた一一九〇本及び八〇〇本を除く。)、発注した物の全部が完全であることは少ないこと(<証拠略>)、不良品が大量に出たときはやり直しを求めていること(<証拠略>)がうかがえる上に、右不良品(ただし、同年一〇月二〇日及び二四日に永井製作所が債務者に対しやり直しを求められた一一九〇本及び八〇〇本を除く。)につき永井製作所からやり直しを求められたことをうかがうに足りる疎明がないから、右不良品の数量はさほど多くなかったものと推認できる。

(三)  そして、平成元年一〇月二〇日及び二四日に永井製作所から債務者に対しやり直しを求められた一一九〇本及び八〇〇本のインターフェイスクミについては、その全てが不良品というものでは必ずしもいえない上に(<証拠略>)、債権者らによってやり直しがなされ、別紙受注等関係表のとおり債権者らから債務者を経て永井製作所に納入されていること、永井製作所が債務者に対し不良品の発生について今後改まらないときは契約の解約も辞さない旨の警告を発したことがないこと(<証拠略>)がうかがえることからすると不良品の発生により永井製作所の関係で債務者の信用を害したとまではうかがえない。

(四)  ところで、一一九〇本及び八〇〇本のうちに生じた不良品はタイラップの締めつけ不良であり(<証拠略>)、その程度とはタイラップで締めつけたコードが手で動いてしまったというものである(<証拠略>)から債権者らにおいてその不良は知り得べきものであったと推認できる。しかし、その原因は従前使用していた工具の不良により生じたものであるところ(<証拠略>)、別紙不良品等目録注意指導欄記載のとおり従前タイラップの不良につき債権者らが債務者から注意指導を受けていなかったことからすると右不良品の発生に債権者らが気がつかなかったことが重大な過失とまではいいにくく、また、債権者らが製造した一一九〇本及び八〇〇本のインターフェイスクミのうちに生じた右不良品発生前から小宮山が検査の上で永井製作所に納入していたこと(<証拠略>)からすると右不良品発生につき債権者らの責めのみに帰することはできないというべきである。

三  債権者らは、債務者が、文書で注意する際、それを持参した小宮山に反抗的な態度を取った事実につき判断する。

(証拠略)によると、平成元年九月五日小宮山が警告書を債権者らに交付した際、債権者中山が小宮山に対し「ちゃーんとやっているじゃない。でたらめ言うんじゃない。バカヤロー。」などと言ったことがうかがえるが、(証拠略)によると債権者中山が警告書に記載されている標準作業量の意味が分からず(警告書に標準作業量の具体的内容がないことは、一、1、(三)のとおりである。)、質問したことに対し小宮山が最後になるまでその具体的数量を明らかにしなかったことに債権者中山が怒って右発言に及んだことがうかがえる。そうすると、右債権者中山の発言は、小宮山とのやり取りの中で生じたものであって、やむを得ない面も存するというべきである。また、小宮山が債権者らに他の警告書(平成元年一〇月二一日付け及び一〇月二四日付け)を交付した際債権者らが反抗的な態度を取ったとうかがうに足りる的確な疎明はない。したがって、右事由は、債権者辻田についてはその存在がうかがえないから懲戒解雇の理由とはなり得ず、債権者中山については一回の行為でありやむ得ない事情もうかがえるからこれだけでは懲戒解雇の理由とはなり得ない。

四  次に、債務者が述べる債権者らの非違行為に対し、債務者はその度に債権者を懲戒処分に付しているから(第二、二)、これらだけでは懲戒解雇の理由とはならない。

五  債務者が債権者らを解雇する際考慮した事情につき判断する。

1  債務者は、解雇通知書(<証拠略>)に記載された懲戒解雇の理由以外の事情として、債権者らが平成元年三月初旬ころ債務者に無断でステレオセットを三鷹作業所に搬入し、債務者の注意にもかかわらず同年四月六日ころまで搬出しなかったこと、債権者辻田が同年九月一日午後一時一〇分ころ及び同日午後三時二〇分ころ就業時間中であるにもかかわらず作業机から離れて雑誌を読んでおり、それを注意した瀬戸豊子取締役経理部長に対し債権者中山が反発するような言葉を発したこと、債権者らが同年一〇月初旬ころ三鷹作業所の出入口ガラス窓一面に三鷹作業所と記した紙を添付し、同作業所の間仕切り戸のガラス窓にも一面に内側から紙を貼り付けて同作業所出入口ガラス窓から内部が見えないようにし債務者が撤去を求めたにもかかわらず債権者らが撤去しなかったので債務者が撤去したこと、債権者らが三鷹作業所内に債務者が設置したピンクの公衆電話を債権者らが所属する三多摩合同労組ケミカルプリント分会の組合活動に利用したことを述べている(平成二年四月二七日付け準備書面九頁ないし一四頁)。そこで、これらの事情につき判断する。

2  まず、ステレオセットの搬入の点につき考えるに、債務者が本社工場を現在の青梅に移転する以前において極めて単調な検査業務に携わる女性パートタイマーのため一時期債務者所有のカセットテープレコーダーを用いていわゆるBGMを流していたことがあるほか従業員に対する教育研修として一時期市販のテキストブック付きの能力開発プログラムを債務者所有のカセットテープレコーダー数台を使用させて聞かせていたことは債務者の自認するところである(平成二年八月二七日付け準備書面一二頁及び一三頁)。なるほど、債務者が撤去を求めた後もしばらくこれに応じなかった(このことは債権者らの自認するところである。平成二年七月一〇日付け準備書面七頁)債権者らの対応に問題点はあるが、同年三月ころの債権者らの作業内容は注射器の分解作業、平物の修正・検査、四月になると二万本以上のドラムの不良品の検査、平物の修正・検査・手直しというものであり(<証拠略>)、これらの作業は単調なものとうかがえるから、債務者がいわゆるBGMを流していた状況と必ずしも異なるとはいえないこと、債権者らがステレオセットを三鷹作業所に搬入した同年三月初旬には三鷹作業所に債権者ら以外に従業員がおらず(第二、二、2)ステレオセットの存在が他の従業員に悪影響を与える可能性がないこと、ステレオセットが債権者らの作業の低下を招いた事情がうかがえないこと及びステレオセットを同年四月六日ころ債権者らが搬出していること(このことは債務者の自認するところである。平成二年四月二七日付け準備書面一一頁)からすると債権者らの行為の違法性はさほど高くないというべきである。

3  債権者辻田が平成元年九月一日午後一時一〇分ころ及び同日午後三時二〇分ころ就業時間中であるにもかかわらず作業机から離れて雑誌を読んでおり、それを注意した瀬戸豊子取締役経理部長に対し債権者中山が反発するような言葉を発したことをうかがうに足りる的確な疎明はないから、右事由は懲戒解雇の理由とはなりえない。

4  次に、債権者らが平成元年一〇月初旬ころ三鷹作業所の出入口ガラス窓に三鷹作業所と記した紙を添付し、そのころ同作業所の間仕切り戸のガラス窓にも内側から紙を貼り付け(ただし、最初に間仕切り戸のガラス窓に貼ったのは同年九月一日ころである。)、債務者が撤去を求めたにもかかわらず、債権者らが撤去しなかったので債務者が撤去したことは債権者らの自認するところである(平成二年七月一〇日付け準備書面九頁)。なるほど、右債権者らの行為は債務者の施設管理権を害するものであるが、債権者らが間仕切り戸のガラス窓に同年九月一日ころ最初に貼った紙(カレンダー及びポスター)は従前から三鷹作業所に貼られていた物にすぎず(このことは債務者の自認するところである。平成二年八月二七日付け準備書面一六頁及び一七頁)、また、出入口ガラス窓に同年一〇月初旬に貼ったのは三鷹作業所と記載した紙であり、また、そのころ間仕切り戸のガラス窓に貼った紙というのも音楽祭のポスター、三鷹市内の地図及び鉄道路線図等であり(このことは債務者の自認するところである。平成二年八月二七日付け準備書面一七頁)、債務者の信用及び作業能率を害する物でもなく、貼られた窓もガラス窓でその現状回復も容易であることからすると債権者らの行為の違法性はさほど高くないというべきである。

5  また、債権者らが三鷹作業所内に債務者が設置したピンクの公衆電話を債権者らが所属する三多摩合同労組ケミカルプリント分会の組合活動に利用したことは債権者らの自認するところである(平成二年七月一〇日付け準備書面一〇頁及び一一頁)。ところで、右電話は公衆電話であるから作業時間外であれば私用に使ったとしても問題はないところ(それが組合活動の目的であったとしても同様である。)、債権者らが作業時間中に右電話を私用で使ったことをうかがうに足りる疎明はない。したがって、右事由は懲戒解雇の理由とはなり得ない。

六  以上認定説示したことからすると、納期の遅れ及び不良品の発生は債権者らの責めのみに帰することができないものであり、小宮山に対する債権者中山の態度(債権者辻田にはこの事由がうかがえないことは既に述べたとおりである。)はやむを得ない事情がうかがえ、債権者らの非違行為(第二、二)はこれらだけでは懲戒解雇の理由にならないという事情の下では、たとえ右各事情を総合しても、懲戒解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないから、債務者が平成元年一一月六日付けをもって債権者らを懲戒解雇する旨の意思表示は、解雇権の濫用であり無効である。

なお、五の各事情は、債権者らに対する解雇通知書の懲戒解雇理由とされていない(第二、四、2)ことからして、これらは単なる事情であって、これらの存在だけでは懲戒解雇の理由とはならないと解すべきであり、仮に本件訴訟で考慮することができたとしても、既に認定説示したとおりステレオセット搬入などの点及びガラス戸に紙を貼った点は違法性がさほど高くないというべきであるから(その余の事情はうかがえない。)、これらの事情を併せ考えても右判断を左右するものではない。

七  そして、(証拠略)によると保全の必要性をうかがうことができ(これに反する事情はうかがえない。)から、当裁判所は、債権者らが債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めること及び賃金の仮払(平成二年一月二〇日までの未払分を含む。なお、債権者らの賃金額は第二、五のとおりである。)を求めることを、保証を立てさせないで、認めるものとする。

(裁判官 栗原洋三)

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